市長コラム (平成26年9月)

2014年9月11日

 

去る8月31日、元志布志町長で志布志市名誉市民であられた故黒木隆之氏を偲ぶお別れの会が、市文化会館で厳かに執り行われ、700人を超える関係者や市民の方に足をお運びいただきました。

 

黒木氏は大正7年、この世に生を受けられ、政治の道を志し、激動の人生を歩まれました。いつも人の意見に耳を傾け、小柄ながらも強靭な身体で、何歳になっても挑戦することを忘れない、灼熱の情熱と鉄石の意志を持った黒木氏は「たとえ目指す方向は異なっても、それはそれでかまわない。人を知ることは視野を広くすることであるし、自分を知ることにも繋がる」という持論の基、議論を尽くし、町民の幸せを追求されました。

 

特に町議会議員として関わった土地改良事業では時にナタを振り上げられ、銃口を向けられてもその持論のとおり反対派の意見に耳を傾けられ、事業を推進されました。また、町長に就任される前後から新大隅開発計画の発表を受け、開発か、自然保護かの議論が町内で沸騰したときにも賛成、反対の区別なく話し合いの中に飛び込み、多くの意見を吸い上げ、「町の発展のために」とまとめられました。その後、霞ヶ関に何度も足を運び、粘り強い整備陳情を続けられたことが、現在の新若浜港の供用、国際バルク戦略港湾の指定につながっているのです。

 

町政に携わること30年、町長勇退後は「福祉施設の開設によって地域に貢献すること」を最後の仕事と決められ、社会福祉法人隆愛会を設立、特別養護老人ホーム・在宅介護支援センター「賀寿園」を開設されました。「言葉は命なり。温和な笑顔でやさしい言葉を先にかけなさい」という意味の『和顔愛語』という言葉は黒木氏の生き方そのものでした。

 

いつまでも挑戦することを忘れない黒木氏は73歳で自動車免許を取得、80歳にしてケアマネージャーの資格を全国最高齢で取得し、介護の分野で全国を代表する要職に就かれるなど、関係者の厚い信頼の元、命を懸けて職を全うされました。

 

郷土志布志に生まれ育ち、郷土のために、果ては日本国民の幸せのためにその一生を捧げられた黒木氏のご功績は、永久に地方自治に携わる者の胸中に生き、その和顔は市民の心の中に永遠に生き続けることでありましょう。

 

残された私どもは、この志布志市を発展させていくという天から与えられた使命をあなたから引き継いだと思っております。偉大なるあなたの業績を糧に、「志のまち」志布志市の未来建設のために全力をあげて尽くすことをお誓い申し上げ、限りない哀悼の誠を捧げます。どうぞ在天より、最愛の、そして最も良き理解者であられたチヨ奥様ともども、志布志市の発展を見守りいただくことをお願いし、安らかなるご冥福をお祈りいたします。

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