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【市指定文化財】 楢ヶ原供養塔

ページID:0001553 更新日:2021年10月11日更新 印刷ページ表示

楢ヶ原供養塔

 言い伝えによると、永禄2年(1559年)松山城主平山越後守忠智が肝付兼続と字尾峠で戦い、戦死したといわれ、戦死した場所に供養のため建てられたものと伝えられています。

 元は現位置よりも南にありましたが、道路改修の際に移転されました。

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